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自らの望みで変えてしまった時間は、
アレンの意志に関係なく無常に過ぎていく。
3人を乗せた列車はしばらくすると終点の小さな町に辿り着いた。
「おい、モヤシいくぞ!」
「えっ?」
アレンは神田の声を聞き、驚いて飛び起きた。
「神田、今なんて……」
言いかけてアレンはその言葉を飲み込んだ。
それは自分がエクソシストになったばかりの頃、
不本意ではあったが、彼がアレンに対して付けた呼び名だったからだ。
『モヤシ』という言葉の意味が、
自分の容姿やイメージから来ているのだろうと思うと、
さすがにいい印象は受けない。
だからそう呼ばれる度、『アレンですってば!』…と、
お決まりのセリフを幾度となくぶっきらぼうに伝えた。
結局、互いの気持ちが通じ合った後でも、
神田がアレンをちゃんと名前で呼ぶことは無かったが、
いつしかそう呼ばれることが彼の特別なような気がして、
何となく優越感に似たものすら感じはじめていたのに…。
今、神田が『モヤシ』と呼ぶ相手は自分ではなく、
目の前を走りすぎていく少年へ向けてのものだと悟ってしまい、
言い様のない疎外感を感じてしまう。
―――― そんな…っ…。
同じ言葉を、他の相手に向けられたと言うだけで、
どうしてこんなにも哀しいのか。
「おい、アレン、なにグズグズしてんだ! お前も行くぞ!」
「あっ、……はい……」
『モヤシ』ではなく、ちゃんとアレンと自分の名前を呼ばれているのに、
どうしてこんなにも気分が晴れないのか。
それは神田がモヤシと呼ぶ言葉に、確かに彼の愛情を感じていたから。
今までは自分に向けられていたはずの言葉が、
別の誰かに向けられている、醜い嫉妬に他ならない。
「明日早くここを発って、ファンンダー部隊から連絡のあった町まで向かいます。
それまではここでお休み下さい」
同行していたファインダーの一人が明日までの宿を取り、アレンたちを案内した。
エクソシストの面々にはそれぞれ別々の部屋があてがわれた。
アレンと神田の部屋は隣同士だったが、
今の状況で隣同士の部屋と言うのは、アレンにとっては拷問に等しかった。
夜の帳が下りる頃、三人は夕食を済ませて各々の部屋に戻ると、
アレンは中々寝付けない身体を持て余し、窓の外にある蒼い月を眺めていた。
いつだったかまだ教団に慣れていない頃、
本部の中で迷い込んだ回廊の端で、
今日のように醒めるような蒼さの月を見たことがあった。
その時、偶然そこには珍しい先客がいて、
少し気不味かったアレンはただ黙って月を眺めた。
遥か東方の国には『月見』という珍しい風習があって、
神酒と団子を月に手向けその美しさを愛でると言う。
同席していた普段無口なはずの先客がは、そんな話を淡々としてくれた。
蒼い月明かりが彼の顔を明るく照らし出し、
何もいえないほど綺麗だったのを覚えている。
神々しいほどの黒髪が、月の光を受けて鮮やかに輝く。
いつもは憎まれ口しか利いてくれない彼の表情が優しく見えて、
アレンの心臓は大きく脈打った。
月の魔力とでも言うべきなのか。
その夜、アレンは神田に恋をした。
アレンの脳裏には、あの日の綺麗な顔が今も焼き付いて離れなかった。
自分と対照的な漆黒の美しさを持つ青年。
その神田が自分を愛してくれる日が来るなどとは、
あの時は夢にも思っていなかった。
口を開けば嫌味の応酬だし、話しかけるたびに嫌な顔をされるしで、
本当に嫌われているのだとばかり思っていた。
だがそれは彼の照れ隠しで、本当はとても繊細で優しい人なのだとわかるまでは、
そう長くはかからなかった。
彼を愛し愛される仲になってからとうものは、
アレンは今までにない幸せを感じていた。
他人の愛情を受け慣れない彼にとって、神田の愛は麻薬と同じだった。
甘くて楽しくて、それがなければ生きているという実感が得られないほど依存してしまう。
時折感情の見えない彼に翻弄されたりもしたが、それすらアレンには苦痛ではなかった。
ただ、神田はぶっきらぼうで、その愛情表現が屈曲している。
想ってもらうのは嬉しいが、
アレンの悪口を言う者全てに、その憎悪が向けられるとなると話は別だった。
仲間の皆と和気藹々としてほしいとは言わないが、
神田にはむやみに敵を作って欲しくなかった。
他人との喧嘩の原因が、ほぼ100%に近い確立で自分の容姿に関わっていると知れば、
自分の容姿さえ変われば、少しは神田の喧嘩も減るかと思ったのだ。
「だからミランダさんにお願いしたのに…これじゃ本末転倒だね」
月を眺めているうちに、アレンの瞳には涙が溢れていた。
いつの間にか夜も更けて、みんな寝静まる頃になっていた。
カタンという物音がして、
アレンにはそれが隣の部屋のドアが閉まる音だとわかった。
おそらく神田の部屋に、昔の自分と同じ顔をした、あの少年が訪ねて来たのだろう。
醜かった自分と同じ容姿をした少年。
その少年が今の神田の恋の相手。
今頃、二人は黙って肌を重ね合わせているのだろうか……。
そう思うだけで、アレンの咽喉は焼け付く様にピリピリと痛んだ。
――― 嫌だ……嫌だよ神田……いくら同じ容姿をした相手でも……
僕以外の人を好きになるなんて、そんなの嫌だ……!!
涙が次から次へと溢れ出し、アレンは声にならない嗚咽を漏らした。
隣の部屋に聞こえぬ様、口元を両手で覆ったまま、
ただ震える身体を抱えて泣いた。
どのぐらいの時間がたったのだろう。
隣の部屋からは、あの少年のものらしき吐息が聞こえてくる。
アレンは布団を頭まで被り、耳を両手で覆っていた。
何とかやり過ごそうと思ったものの、やはりそうはいかなかった。
堪らず部屋を出ると、声が聞こえない場所へと逃げるように走りだす。
何処まで走ればいいのだろうか。
どれだけ遠くまで行けば、二人の呪縛から逃れられるのだろうか。
無理だとはわかりきっているのに、つい抵抗を試みてしまう。
気がつくと、そこはすでに街外れだった。
列車で乗り入れる祭に小窓から見えた小さな森。
その雰囲気がマナと過ごした街外れの森に似ていて、
アレンは無意識に目に留めていたのだった。
小さな泉が湧き出し、
今は誰も住んでいないだろうと思われるみすぼらしい小屋。
「まるで……マナと住んでた小屋みたいだ」
懐かしさに思わずそこへ足を進める。
中へ入り、崩れかけた屋根の隙間から差込む月の光に目を向ける。
「月はどこからみてもこんなに綺麗なのにな。あの時と同じぐらい……」
見る者の気持ち次第で、こんなにもその陰が揺らぐものだろうか。
いや、月の輪郭が揺らいで見えたのは、
あくまでもアレンの瞳に涙が溢れていたからに過ぎなかったからだが、
それすらどうでもいいぐらい、アレンの気持ちは荒んでいた。
「ああ、情けないな。なんか僕、泣いてばっかりだ……」
アレンは力なく床に座り込むと、
いつしか声を出して大粒の涙をぼろぼろと零し出した。
そして、もう二度とその腕に抱かれることのない恋人の名前を、
幾度となく呟くのだった。
《あとがき》
さてさて二人の関係は、このあとどうなっていくのでしょうねぇ〜?!w
お次は若干性描写を含みますので、18禁とさせていただきます。
UPは近日中に〜ww
つづきも楽しみにしていらして下さいね〜ヽ(*'0'*)ツ
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注: 続きの第6話には性描写が若干含まれております。
苦手な方、もしくは18歳以下の方はご遠慮ください。
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